「プロゴフ、石 VS 銃」 – “Plogoff, des pierres contre des fusils”

“Plogoff, des pierres contre des fusils” (1981) de Nicole et Félix Le Garrec

Plogoff, février 1980 : toute une population refuse l’installation d’une centrale nucléaire à quelques encablures de la Pointe du Raz, face à l’île de Sein. Nicole et Félix Le Garrec ont filmé jour après jour ces luttes quotidiennes et ont réalisé en 1981 un documentaire long métrage “Plogoff, des pierres contre des fusils”.

ドキュメンタリー 「プロゴフ、石 VS 銃」 (1981年製作)

監督 ル・ガレック夫妻(ニコールとフェリックス)

1980年2月、プロゴフ。住民たちは、サン島のラ半島から短距離の場所に原発建設計画に反対した。1981年、ル・ガレック夫妻のニコールとフェリックスは、この住民たちの原発建設反対抗議の日々の戦いを撮影したものを元に長編ドキュメンタリー「プロゴフ、石 VS 銃」を製作した。

プロゴフって何処?

答え = ココです、赤い丸の所がプロゴフ。

ウィキペディアによると、2008年時点でのプロゴフ人口 = 1374人。

以下、ウィキペディアに掲載されていた、プロゴフの歴史の欄から引用。

“À la fin des années 1970, l’État français a voulu implanter une centrale nucléaire sur le territoire de la commune. Le projet fut rejeté massivement par les Plogoffistes et d’autres partisans anti-nucléaires venus de toute la Bretagne voire de la France entière. Le conflit, souvent violent, connut son apogée en 1980. L’opposition à la construction, répertoriée sous le vocable « les événements de Plogoff », a suscité en 1980 des manifestations importantes contre la politique nucléaire française des années 70, après celles de Fessenheim et surtout celle de Creys-Malville en 1977. Lors de son accession au pouvoir en 1981, François Mitterrand a pris une mesure emblématique en faveur des écologistes, en renonçant à la centrale de Plogoff.”

(訳) = 1970年後期、フランス政府は、この地域に原発建設計画を立てた。この原発建設計画には多くの住民が反対をし、プロゴフが位置するブルターニュ圏、更にはフランス全国から反原発団体が抗議をし建設計画はなくなった。対立は過激なものとなり、1980年にはピークをむかえた。同じく1970年代のフランス政府による原発政策に対立した原発フェッセンナイム原発反対運動、そして特に1977年のクレイマルヴィル建設反対運動と並んで、プロゴフでの原発建設反対抗議は後に「プロゴフ問題」と呼ばれることとなる。フランソワ・ミッテランが1981年に大統領として政権を握った際、環境保護を重視し、プロゴフでの原発建設計画を放棄した。

っと、こういう分けで、プロゴフの住民たち、そしてプロゴフに出向いて原発建設反対運動を行った人々は戦った結果、プロゴフに原発を建てさせなかった。

では、上の解説に出てきたフェッセンナイム原発や1977年のクレイマルヴィル建設は、どうなってんのか?

フェッセンナイム原発 = フランス最古の原発で、サルコジが大統領だった時は、ヤツは「フランスはフランスだ、おいら達の所に津波も地震も無いのにフェッセンナイム原発閉鎖するとか・・・ありえんだろが、おまえらバカか?」ってな調子で「安全性」を訴えていた。で、結局サルコジと戦ったフランソワ・オーロンドが大統領となり、オーロンドは大統領選挙真っ最中に「おいらはフェッセンナイム原発閉鎖する、おいらが大統領の間に閉める、つまり2017年にまでは廃炉するわ。」って言ってて、つい最近、オーロンド政権の環境大臣が、「なるべく早いうちに、出来るだけ早いうちにフェッセンナイム原発を閉鎖する」っと宣言したばかり。

参照 「フランス最古の原発が原因不明?の自動停止事故」「新フランス大統領誕生=フランソワ・オーロンド」「フランス大統領選挙、沸騰状態」「フランス・フェッセンナイム原発労働者たち怒り爆発」、「大統領選挙候補オーロンド氏の公約ナンバー41

クレイマルヴィル原発 = クレイマルヴィル原発はフランス・リヨン市から50キロのスーパーフェニックス(高速増殖炉)で、フランス最大の廃炉原発。1988年のフランス政府・社会党によって「廃炉確定」がなされた。

参照 原発 : ネバーエンディング・ストーリー?」

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