アレヴァ社プロセスエンジニアのフクシマ体験談

今日、こんなビデオを見たわ。

ビデオ投稿者 = AREVAmultimedia

ビデオアップ日 = 2012年3月28日

ビデオタイトル = AREVA :  オード・ブシェの体験談

オード・ブシェさん = アレヴァ社のプロセスエンジニア

このアレヴァ社の姉ちゃんは、福島第一原発がアンナことになってから現場に派遣された1人で、その時の体験を語っているビデオ。

始めは普通に話してるんだけど、なんだかな・・・最後の方、声も小さくなるしよ、涙目ぎりぎり感で、5~6秒の沈黙のところや、顔が引きつっていく所なんて、嗚呼・・・怖いじゃねぇかよ、姉ちゃんよ・・・。

このインタビューが終わったよって告げられて、その場で、いろいろ思い出して、泣き出したんじゃねぇのか?って思えてくるわ。

きれいな技術屋の姉ちゃんよ、アレヴァ社なんか辞めて、あなたが持ってる技術、是非違うところで発揮してよね!!!!!

以下、訳してみたんで、そこの良い子も悪い子も見ていってや。

あなたがフクシマで課されたミッション・役目は、どんなものだったのですか?

私が担当したのは蒸発器です。蒸発器は、作業段階の最後の、汚染水をリサイクルし、再度原子炉内部を冷やすための装置です。この蒸発器は元々、一般産業水用に造られたものだったので、原子力機関で使われるものではありませんから、改造し現場に適し、放射能に耐えるものにしなければならないという作業が必要となりました。例えば、放射能に耐えられないプラスチック製の部品を交換するですとか、最大限の場面で遠隔操作が出来るようにと、バブル・弁部分を自動開閉式にする等といった作業です。

あなたが現場で感じた第一印象は?

始めは、恐ろしかったですよ。あの全く知らない場所に行くというのも怖かったですし、あの事故があって直ぐの頃でしたし、当時あった情報、知れた情報は限られていて、全く持って何が実際に起きているのかは分からない状況でしたしね。でも、日本の人々、皆さんが全力を尽くして作業をしている姿を見ました。もちろん責任感を感じて向かわずにはいられなかったとは思いますが、ただ純粋に、助けたい、出来る限りのことをしたいと思って行ったわけです。

特に困難だった点とは?

多くの文化の違いがあります。まず私が第一に向き合うこととなった困難は、私が若い女性であり、こうして緊急に来た女性を見て、東京電力の人は、私のことを通訳か秘書だと思ったのです。彼らは、こうして若い女性と、技術やソノ問題について語り合うという事に全く慣れていなかったんです。それから、日本人達は私達とは違った仕事の仕方をするんです。彼らは先ず、何事も始める前に、最終段階に至るまでの、細かな全ての工程を求めるんです。ですから、何かを決定する時には全ての要素を集めまくって・・・でも、そんな時間は我々には無かったのです。その時点で分かっている限りの情報を元に、即急な対応を取る必要があったのです。ですから、(限られた時間内に)多くのことを説明しなければなりませんでした、何故この作業が必要なのか、何の為にするのか・・・とか、多くの時間が育成時間として使われましたが、一緒に決断を取り、共に作業をしていくには欠かせないことでした。

フクシマの日常は、いかがでしたか?

私は、厳密には「フクシマ」へは行っていないんです。わたしは、あの現場から20キロ離れたJ-Villageと呼ばれる所に滞在していました。J-Villageは、以前はサッカー選手達の練習所だった所で、原発事故後、作業員達の滞在先として使われているんです。あそこに入った時は、まるで病院に居るような感じでした。周り中がプラスチックビニールやテープで覆われており、人々は白い服を着てマスクをしてと、特殊な空気でした。現場の雰囲気は・・・そうですね、緊急事態でした。既に緊急事態だったのですが、常に緊急事態で、毎朝、東京電力の人たちと会議が繰り広げられ、私たち(アレヴァから派遣された者の間では)は「買い物リスト」と呼んでいたんですが、東電側から様々なリストが与えられ、翌日には回答を出さなければいけなかったんです。ですから、我々が、こちらで寝ている夜の間にも、フランス現地側で同じように作業をするように要請を出し、我々では回答出来ない状況に至った時には、フランス現地では徹夜で作業をするような場合もありました。わたしは・・・私の中では、彼らを助けるために、全て、出来る限りのことをやりつくしたと思います。もちろん私1人ではありませんよ、もちろん同僚達と一緒になって、やり遂げたという事です。あの緊急事態の中、出来る限りのことを全てやりつくしたと思っています。その結果、私たちは、刻々と現場の状況に適して作業出来ました。そして、汚染水が溢れることを防ぐことが出来ましたし、シッカリと閉じた状況で汚染水を処理することが出来たのです。

あなたは、どのような教訓を得られましたか?

・・・ 5~6秒間にわたる沈黙 ・・・

正直にいうと、まさか私があのような状況で仕事をする事になろうとは、想像もしていませんでした。このような状況下で・・・。結果、私は自分自身に課された仕事の新しい側面と向き合うことになり、以前想像しなかった仕事内容で自分が何が出来るのかという事を学ぶキッカケとなりました。自分の職の新しい一面を見て、アレヴァ社のプロセスエンジニアという立場で、こういった援助をし合えるんだという、以前想像も出来なかった部分について学びました。

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