「東京行きシャネル便」 – “Vol Chanel pour Tokyo”

今日こんな記事を読んだ。

記事元 = ル・ヌーヴェル・オブサーヴァトゥー、2012年4月10日付

記事タイトル = 「東京行きシャネル便」

記事は、こんな風に始まった。

Pendant plusieurs jours, la maison de la rue Cambon a organisé une série d’événements dans la capitale japonaise. Un an après la catastrophe de Fukushima, que pensent les Tokyoïtes pointus de cette opération ? Reportage d’Olivier Wicker.

「数日にかけて、日本の首都でパリのCambon通りに本店のあるシャネルが、幾つものイベント開催した。フクシマの惨事から1年、最先端をイっている東京の人々は、どんな印象を持ったのでしょうか?オリヴィエー・ウィッカーによるレポート。」

シャネルによる、震災被災地ニッポンで、有名人を招いてのファッションショーや夕食会などのイベント=シャネル式の「日本への連帯感」を見せ付けるイベントって話ね~。

あは・・・いろんな「連帯」があり、いろんな「支援」?の仕方が、あるという事なんだろうね・・・。

でもさ、ぶっちゃけシャネルが日本で売り上げを上げるための、セレブ限定・セレブ専属の「巨大営業イベント」としか見えないんだけど、どうなんだろうね??

セレブな人々のコメントも・・・なんだか・・・ま、興味あれば、以下読みにいってや☆

パリのCambon通り・本店シャネル(CHANEL)

記事というかレポートは、日記帳で、2012年3月21日から23日までの出来事を時間や場所を記し、色んな人々にインタビューした内容も書かれている。

その中から、インタビューされている人々の言葉を引用し、訳して置いておくわ。

21 MARS, 21 H 10. Cinquante-deuxième étage du Park Hyatt.

3月21日、21時10分、パークハイアットの52階

シャネルのヘッドデザイナー・カール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)をかこんでの夕食会 = 招かれたのは、東京の女優、ジャーナリスト、アメリカ人トップモデル達。

“Il s’agit de renforcer les liens qui existent depuis longtemps avec Chanel, dont la première boutique s’est ouverte ici en 1978, explique Bruno Pavlovsky, président des activités mode de la marque. Nous n’avions par exemple jamais montré nos collections haute couture ici.”

株式会社シャネルのオペレーション社長・ブルノー・パヴロフスキ(Bruno Pavlovsky)氏 「今回のイベント大きな目的は、東京に初めてのブティックがオープンしたのが1978年という、以来の長い伝統的付き合いを更に深めるためです。我々のオートクチュール・コレクション作品は、ここで発表したことはないんです。」

22 MARS, 19 h 20. Galerie Minami Aoyama.

3月22日、19時20分、南青山ギャラリー

都内で開催されたシャネル(CHANEL)のリトル ブラック ジャケット写真展オープニング・レセプションに出席したデザイナー/写真家のカール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)と水原希子(Kiko Mizuhara、2012年3月21日撮影)。(c)CHANEL

Kiko Mizuhara : “C’est une séquence étrange dans ma vie. D’un seul coup, tous les serveurs se sont précipités dans la rue. Le restaurant s’est vidé comme ça. Je me suis retrouvée toute seule dans cet endroit. C’est seulement sur le trottoir que j’ai réalisé la nature de la catastrophe. Ce tremblement de terre nous a isolés du reste du monde. Tokyo était devenue une ville sombre, où beaucoup de projets culturels ont été figés. Voir toutes ces célébrités, Karl Lagerfeld en tête, se déplacer chez nous, me va droit au coeur. C’est de l’énergie positive et nous en avons besoin. Beaucoup déjeunes Japonaises ne peuvent plus partir à l’étranger pour des raisons financières et cette exposition peut, à sa façon, les faire voyager.”

女優・水原希子さん (2011年3月11日震災当時、東京のインド料理店にいた。) 「あの日のことは、私の人生の中でも特別な体験でした。突然、レストランのホール係の人々が全員外(道路)に出て、レストランはパっと空っぽになったのです。そして、私だけがポツンっと1人ソコに残りました。自分が外に出て、道端に出てから、災害の凄さを感じました。この地震災害で、わたし達は世界から取り残された感じになったのです。東京は薄暗い街になり、多くの文化的イベントが中止されました。このイベントで、カール・ラガーフェルド氏を始めとして、多くの有名人を見て、こうして日本に来てくださったことを思うと、大変感動しています。これは、ポジティブなエネルギーであり、正に私達が必要としているものです。多くの若い日本の女性は経済的理由で海外に行くことはできません、が、この展示イベントにより、自分たち自身での旅を(疑似)体験することが出来ます。」

Bruno Pavlovsky confirme : “La situation économique était déjà difficile ici depuis trois- quatre ans. Le drame du printemps dernier a été un coup d’arrêt supplémentaire. En juin, beaucoup de boutiques étaient encore fermées et on croisait peu de gens dans les rues.”

ブルノー・パヴロフスキ(Bruno Pavlovsky)氏 「ここ3、4年は、日本の経済は不況気味にありました。昨年春の惨事は、その経済不況を更に悪化させました。昨年6月においても、まだ多くのブティックは閉店中で、道を歩いていても、すれ違う人々の数は大変少なかったです。」

“La clientèle japonaise a changé depuis l’ouverture de notre première boutique ici en 1978. Au départ, elle était constituée de ces “office ladies”, ces femmes salariées qui vivaient chez leurs parents et disposaient d’un certain pouvoir d’achat. Leur goût allait vers de petites pièces d’entrée de gamme, la maroquinerie par exemple.” Ces office ladies ont pratiquement disparu pour laisser place à des clientes de prêt-à-porter, très averties en matière de mode et qui disposent, aussi, d’une assise financière plus large. “Aujourd’hui, explique Bruno Pavlovsky, la cliente japonaise de Chanel a la même culture de mode, la même maturité de goût qu’une Française ou une Américaine.”

ブルノー・パヴロフスキ(Bruno Pavlovsky)氏 「ココ日本(東京)にシャネルのブティックがオープンしたのが1978年で、日本の女性消費者は変化しました。当初、オフィスレディーと呼ばれる彼女達は、両親宅住まいで、消費するお金(お小遣い)を多く持っていました。彼女達の好みは、小さな小物、例えば革製品ですとかへと移っていきました。しかし、彼女達オフィスレディーは消えてしまい、その代わりにプレタポルテ(prêt-à-porter:既製服)傾向へと移り、ファッションに関する知識を非常に持ち、大規模な資本基盤が作り上げられていきました。日本のシャネルのお客たちは、フランス人女性や、アメリカ人女性と同じファッション文化を持って、同一の趣味を持つようになりました。」

23 MARS, 17 H 45. Dans le jardin impérial Shinjuku Gyoen.

3月23日、17時45分、新宿御苑の庭園

Le défilé Chanel à Tokyo par LeNouvelObservateur

シェネル・ファッションショー(撮影=ル・ヌーヴェル・オブサーヴァトゥー)

Harumi Klossowska, fille du peintre Balthus et de l’artiste Setsuko Klossowska : “La culture japonaise, explique-t-elle, est basée sur le respect et le bien-être de l’autre. On se préoccupe d’abord d’autrui, cela se voit par exemple à travers les subtilités de notre langue. Je ne suis pas sûre que les Français face à ces événements terribles auraient réagi avec le même calme, la même solidarité.”

装飾デザイナー・ハルミ・クロソフスカさん (画家バルテュスと画家出田節子の娘) 「日本文化は相手を尊重し、相手の立場になって想いという事が基礎となっているのです。先ずは、相手のことを思いやるというのは、日本語の微妙なニュアンスにも良く現れています。私は、もし、フランス人がこのように同じ災害を目の前にした時に、私達と同じような冷静な態度で、同じような連帯感を持って行動するかと考えると、確かではありません。」

都内で開催されたシャネル(CHANEL)のリトル ブラック ジャケット写真展オープニング・レセプションに出席した建築家の石上純也(Junya Ishigami、2012年3月21日撮影)。(c)CHANEL

Junya Ishigami, Lion d’or de la Biennale de Venise en 2010 : “Beaucoup de choses ont changé ici depuis un an, mais nous devons nous rebrancher sur le futur. La créativité des Japonais est toujours aussi forte, ils ont maintenant besoin de l’exprimer. Rassembler aujourd’hui à Tokyo des personnalités internationales est un symbole d’une grande modernité. Nous partageons les mêmes valeurs que le reste du monde.”

建築家・2010年ヴェネツィア・ビエンナーレ金獅子賞・石上純也さん 「1年前と比べると、多くのことが変わりました、しかし、わたし達は、将来へと再接続する必要があります。日本人達の創造の力は以前と変わらず強く、彼らは今、表現したいんです。こうして、東京に国際人たちが集結するというのは、偉大的現代の象徴です。わたし達は、世界各地のその他の国と、同じ価値観を共有しているのです。」

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読売新聞 2012年4月4日

ファッションで日本を元気に、シャネル 日本にエール

記者会見を行ったカール・ラガーフェルドさん。背景に自ら描いたココ・シャネルの絵を掲げた(東京都内で)

ファッションの持つ楽しさで日本を元気づけたい――。

フランスの高級ブランド、シャネルが3月下旬、東京都内でイベントを相次いで行い、ブランドの様々な現在(いま)を見せた。

東京・新宿御苑で開かれた2012年春夏オートクチュール(高級注文服)のコレクションもその一つ。今年1月、パリで行ったショーの再現で、披露された61点の服の大半がブルー。使った青い色の種類は154にもなるという。膨らんだ袖、ローウエスト、ボートネックなどが特徴のスタイルを、スパンコールやビーズなど最高の手仕事で仕上げた。ショーの最後にはデザイナーのカール・ラガーフェルドさんも登場。「パリのショーより良い出来だった」と満足そう。

また、彼の写真展も東京のGビル南青山で開かれている。創業者のココ・シャネルが1950年代にデザインした黒の定番ジャケットをテーマにした。「リトル・ブラック・ジャケット」とも呼ばれ、ラガーフェルドさんはデザイナーに就任した83年以降、毎回コレクションに独自に手を加えて登場させている。このジャケットを、女優のサラ・ジェシカ・パーカーさんやオノ・ヨーコさん、建築家の石上純也さんら世界の著名人とともに撮影した。上着が年齢、性別を超えた服であることが写真を通して伝わってくる。

東京・原宿には期間限定ブティックも開いた。2012年春夏物だけを集めた店は隠れ家のような雰囲気で、海をテーマに室内装飾が施されている。虹色に輝く壁は、真珠貝のよう。

シャネルがフランス以外でこうした大々的なイベントを行うのはまれ。来日したシャネルのファッション担当社長ブルーノ・パブロフスキーさんは、「シャネルと日本の関係には長い伝統がある。東日本大震災で日本は厳しい時期にあると思うが、私たちの明るさや力で元気を出してもらえれば」と話す。写真展と期間限定ブティックは15日まで。(編集委員・宮智泉)

http://www.yomiuri.co.jp/komachi/fashion/fnews/20120404-OYT8T00475.htm?from=yoltop

MODE PRESS 2012年4月12日

シャネルのリトル ブラック ジャケット写真展、レセプションに豪華セレブ

【4月12日 MODE PRESS】東京・青山の「Gビル南青山」で3月21日、シャネル(CHANEL)のリトル ブラック ジャケット写真展開催を記念したオープニング・レセプションが開かれた。

会場には、デザイナー/写真家のカール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)をはじめ、被写体となった歌手のヴァネッサ・パラディ(Vanessa Paradis)や女優のサラ・ジェシカ・パーカー(Sarah Jessica Parker)、水原希子(Kiko Mizuhara)、モデルのアリス・デラル(Alice Dellal)、俳優のギャスパー・ウリエル(Gaspard Ulliel)、建築家の石上純也(Junya Ishigami)ら国内外のセレブリティが祝福に駆けつけた。

写真展は、4月15日まで開催。(c)MODE PRESS

【関連情報】
◆シャネル「リトル ブラック ジャケット」写真展、青山で4月15日まで
◆「シャネル」のエッセンスが詰まったポップアップブティック、4月15日まで

http://www.afpbb.com/fashion/article/fashion-mp/2869134/8733294?pageID=1

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