アレから1年、仏独共同テレビ局アルテのレポート

今日、フランス・ドイツ共同テレビアルテ(ARTE)局製作の福島レポート見たわ。

YOUTUBEにアップされてて、1週間ぐらいという期限付きで、レポート映像(14分~38分過ぎぐらいまで)を見ることが出来るはず。(もしかしたら、日本からは見られないようになってるかも・・・その辺分かりませんが。)

レポートタイトル = 「福島の頑張る母親たち」 (2012年3月10日)で、内容は「静かな政府を前に、被曝ゾーンの母親達は、どのように子ども達を守ろうとしているのか。」と記されてたわ。

そのレポート画面をキャプりながら訳してみたので、あたしの訳で良ければ読んでや。

ARTE Reportage – 10 mars 2012

Les mères courage de Fukushima

アルテ姉ちゃん 日本で3つの悲劇が重なった、あの日から1年が経ちます。先ず、地震、津波、そして原発事故。あれから1年後、4つ目の悲劇が加えられます。日本政府は国民の信用を失ったのです。今日でも、福島の母親達は、最低でも学校の放射線線量測定を継続させるために、福島県庁に訴えなければいけない状況にあります。日本政府は昨年4月に、年間の放射線線量許容を引き上げ、年間20ミリシーベルトという基準にしました、これは子どもにも同じ基準とされました。この基準というのは、具体的にはフランスやドイツにおいての原発作業員達に与えられる線量なのです。この状況は、ある人々にとっては単に現実的なもので、ある人々、特に子を持つ親達にとっては悲劇的です。国が安心させようとすればするほど、国民の不安は膨れ上がっています。このような都合の良い政府の言い分を聞き入れることを受け付けず、自分達で積極的に動き出した福島の母親達が居ます。日本から、ダヴィダ・フリードのレポートです。

アルテ 福島市の平凡な日曜日です。あの日本を襲った災害から1年経ち、全てが平常通りに戻ったかのようです。寒い中にも関わらず、今日は遊園地の日。綿菓子やメリーゴーランドがあり、子どもも親も一緒に寛ぐ1日です。しかし、限られた時間の中での話で、ここ福島市は、あの福島原発から60キロの場所で、外で遊ぶというのは大変に貴重で、無駄に時間を過ごす暇などはありません。

女性 自分の娘がこうして外で遊べるのは幸せです。普段は、外で遊ばせてないので。こんな機会は、とても特別です。

女性2 うんと、子どもは殆ど外で遊んでませんね。わたしの長男は小学校に行っているんですが、もう外で遊ばない癖がついています。そんな訳で、やること全てが室内になっています。お絵かきをしたりだとか・・・。

アルテ 子ども達は屋内に閉じ込められ、母親達は子ども達の健康を心配し、昨年から福島中に放射能汚染の恐怖が広がっています。

毎時 0.945マイクロシーベルト

アルテ 福島県庁は、こうして放射性測定器を設置して、公式には原発から放射能は、もう漏れていないということになっている。しかし、このような原発事故を取り巻く沈黙を前に、福島の母親達は真に受けず、疑い、子ども達を守るために自分達だけを信じることにした。

アルテ 原発から約50キロのワタベさん宅では、起床の時間です。母親のユキさんは、この週末に子ども達と一緒に朝食をとる時間を楽しみます。

ワタベ・ユキさん (娘に向かって) 「温かいカフェオレ飲む?」

アルテ 3人の子どもを持つ母親は、放射能が可也舞い降りた三春町在住です。土地は汚染され、土に触れるのは避けなければなりません。穏やかな山奥に位置する家族の家で、母親は子ども達に平常通りの生活をさせようと思いますが、自分自身の家だというのに閉じ込められている状況では、平常通りというのは困難です。

ワタベ・ユキさん たとえ天気が良くても外には出ないですね。雪が降ると美しい景色なんですね、でも雪は触れないですから。ですから、家の中に居て、美術館に飾られている絵を眺めるように風景を見ているしかないんです。悲しい現実です。

アルテ あの事故にも拘らず、ワタベさんは避難したくはありませんでした。家、仕事を見捨て、そして夫と離れてしまうことを拒んだのでした。この決断は大変に困難なもの、何故なら、子ども達に放射能への影響リスクを与える可能性が出てくるからです。そこで、ワタベさんは、徹底的に子ども達の環境、そして食品への安全を管理を常にすることにしました。先ずは飲み水から。

ワタベ・ユキさん これは、ゼオライトっというものです。これはミネラルで・・・えっと、ヨウ素を取り除くんだったっけ?だよね?そう、放射能を取り除いてくれるんです。このゼオライトがないと、全部ミネラル水を使わなくてはならないんですよね。大変お金がかかるんで、このゼオライトフィルターを使って、あとはミネラル水でやっているんですよ。

アルテ しかし、こうして水をフィルターに通すだけでは、ワタベさんの不安は取り除けません。そして、今では、子ども達が放射能汚染の危険にさらされるというリスクに絶えられなくなっています。これも全ては子どものため、ワタベさんは大変に困難な決断に至ったのです。

ワタベ・ユキさん 引越しするという事は、家族が離れ離れになるという事なんです。それでも、4月からは子ども達を両親宅に預けることにしました。一番下の子が未だ小さいので、週の半分は子どもと一緒で、後は私はココに戻ってきます。

アルテ 少しの時間も無駄には出来ません。仕事に行く際も、ワタベさんは子どもの送り迎えをします。最近子ども達と一緒に過ごした時間があるにも拘らず、悔しい気持ちが支配する。

ワタベ・ユキさん 家を建てたのは、多くの時間を子どもと外で遊びたかったからです。これから、やりたいことが沢山ありました、野菜畑をしたりとか・・・もう、それら全て、落ち着いた気持ち出来なくなってしまいました。

アルテ ワタベ・ユキさんと夫は、2人で家具屋さんを経営しています。こうして経営を維持は出来ていますが、災害後の経営は低迷しています。というのも、木製の家具が多いお店、汚染がされてしまった材料で、どうやって商品を作れるというのかという課題があります。これも、ワタベさんの生活の中の悩みの1つになっています。しかし、そんな中でも、今日はとても良い1日の始まりとなりました。福島から東京へ避難したワタベさんの友達が訪ねてくれたのでした。そして、「宝物」に値するものを持ってきてくれたのでした。

ワタベさんの友達 見て、これは4個か5個あるし。この野菜を売ってる方は、被災者のことを本当に想ってるんだよ。だから、このサラダなんかは自分のお客さんに売らずに、こうして支援にまわすために、よけて置いてくれたんだよね。

ワタベ・ユキさん ありがとう。

アルテ この友達のおかげで、ワタベさんは自分の子どもに、福島から、放射能から離れた場所で育てられた野菜を与えることが出来ます。

ワタベさんの友達 これが連帯というものなんですよ。あなたは、あの野菜を受け取る5軒目の人よ。

ワタベさん え?そうなの?

ワタベさんの友達 そう、5家族分の野菜を買わなくてはならないの。

ワタベさん 車の中一杯になるでしょ?

ワタベさんの友達 そうね、こんな感じにね。

ワタベさん 考えないことはないので、仕事中は少し考えない時間もありますが、帰宅して、夕食を準備したり、洗濯物をしたりなどしている時でも、いつも頭の中にあります。

ワタベさん ピザの作り方知ってる?

子ども ああ、べたつく~。

ワタベさん くっつかなくなるまで捏ねて。

アルテ このように心配しているワタベさんのような母親は福島には何百人と居ます。共通の課題は、どのように子ども達を汚染させないで食べさせることが出来るのか?という事。それも、ここ福島の地、農地も田畑にも放射能が降り、汚染しているからです。田んぼ畑では放射能セシウム137が検出され、同じく米からも検出されたのです。福島県庁の一角では、日本人記者達が取材キャンプを設置しました。ここで記者達は、随時公開される現状の公式発表を待ち構えているのです。

アルテ その隣の部屋では、県の事故対策委員たちが仕事にあたっており、ココでは、現状の全てが管理下にあるとされている。

小山吉弘(こやま・よしひろ)・県原子力安全対策課長 汚染されている食品は殆ど販売されていません。我々の厳重な検査が行われていますので。福島県民が食べている食材は、安全基準値内であり、確かな安全確保がされているものです。

アルテ こうして県から、大変安堵させられるようなコメントが聞かれるわけだが、福島県としてはリスクゼロがないことの可能性は認めた。

小山吉弘(こやま・よしひろ)・県原子力安全対策課長 「我々は、多くの検査を実施しています。それでもですね、福島県の全ての食材、全ての県民の食卓に上がるものまでを検査することは出来ません。」

アルテ こうして自治体を安心させることは出来ても、福島の母親達を安心させることは出来ない。母親達は、子どもの健康、未来への影響に対して、どんなに小さなリスクも背負いたくないのです。そして、彼女達は自主的に、独立放射能測定センターを立ち上げたのです。ここでは、住民の誰もが、食材を持ち込んで放射能検査をしてもらうことが出来ます。

サカイ・アキコさん はい、今日はお米を持ってきていただいたという事で、コチラの方に、産地名と、あとコチラに収穫日を記入なさってください。

女性3 この米ですよね、新米だから収穫は昨年の10月です。そうですね、結果が心配ですけど、少しは汚染されていると思います。でも、ソレがどれぐらい汚染されているのか見て、息子がコレを食べれるのか知りたいです。ドキドキします。

アルテ このセンターは、全員が福島県在住の母親という人々によって運営されています。サカイ・アキコさんは、ここで食品の放射能検査をする母親の1人です。サカイさんは、昨年3月以前までは、まさか自分がコンナことをする事になるとは想像もつきませんでした。

サカイ・アキコさん 専業主婦でしたので、こんな事はやったことなかったです。ここのセンターが出来た際に、声を掛けられて、自分の子どもの健康のことも非常に心配していたので、参加しないかと言われて、私の返事は一言で直ぐにっという感じでした。何の経験も知識もなしに直ぐにココで始めたんです。全てゼロからのスタートで。

アルテ このように、経験も科学的知識もなかったサカイさんや、他のメンバーですが、住民の信頼を得るのに、何の問題もなかった。

サカイ・アキコさん こちら、インゲンマメの測定は30分です。ヨウ素131はゼロ、セシウム137は1キログラム当たり10.1ベクレル。

アルテ 10ベクレルという値は、基準の10分の1だが、住民の不安は取り除けない。多くの検査依頼があるため、予約は1ヶ月待ち、それでも、公的施設で検査をしてもらうよりはマシなのです。

女性4 政府は、いつも対応が遅すぎます。例えば、水道水検査にしてでも、汚染されてるのか検査しなければいけないのに、やらないんですよ。怒りで一杯ですよ。政府は何をやっているんでしょうね。

アルテ 住民は、政府側に無料で検査をしてもらうよりも、5~10ユーロを払って検査をしてもらう方が良いという。これらはセンターで働く従業員達の収入になるのです。サカイさんの自給は8ユーロで高くはありませんが、お金が目的で働いているわけではないので、彼女にとってソレは問題ではありません。この母親は、ここに食品放射能検査をしに来る母親達に安心してもらえるようにと働いており、時にソレが完全な不安を取り除けないとしてでも。

メモ 1ユーロ = 約107円

サカイ・アキコさん 数値はそれほど心配されるものではなく、割と低いものが多いんですね、でも小さな子どもを持っていると、出来るだけゼロに近いものをと求めるわけで、数ベクレルでも検出されると、大変心配される方がいるのは確かですね。

アルテ こうして、福島の母親達の日常は変わり、数値を見て子どもに食べさせて良いのかっと判断するという。

毎時 0.963マイクロシーベルト

アルテ サカイさんは、仕事が終わると、子ども達と夫がいる家に帰ります。昨年2011年の悲劇の後、サカイさん家族も変化がありました。毎晩いつものように、彼女が晩御飯を作ります。原発事故があったのですが、夕食は悩みの種ではありません。

サカイ・アキコさん 逆に今は、知識を持っているので、この食材は安全に食べて良い、これはダメと分かっているので不安ではありません。原発事故はありました、が、今回逆に良い機会になったなと思います。

アルテ テレビでは夜のニュースで随時原発の様子が流れ、アナウンサーは公式発表通りのニュースを読み上げます。しかし、サカイさんは、批判的な目でニュースを見ています。

サカイ・アキコさん だいたいは、政府は全て上手く行っているという感じで言うんですね。でも、全くそうじゃないですよね。みんな大丈夫じゃないと分かってるんですよ。こうやって、テレビを見ていても、どこが大丈夫なの?何が大丈夫なんだ?っと思わずにはいられないです。

アルテ このように意思をハッキリ表明する彼女だが、これが家庭内に異変を起こすキッカケらしい。マッチョ社会の日本では、この様に解放的な女性を前に、サカイさんの夫を少々不安に落とし込むようだ。

(注) 「マッチョ」という表現は、日本だと、筋肉美の男性を表す言葉として使われるけど、海外のソレは意味が全然違う。で、アルテのいう「マッチョ」は、男性優位とか男尊女卑的な意味合いであり、可也嫌味たっぷりに「マッチョ社会の日本では」っと言ってるんだよな。そして、こうして、女は台所、男は夕食が準備されるのを待つという図、コレは非常に「日本的」というか、「古典的」な図としてヨーロッパでは見られてるんだよね。

サカイさん夫 (奥さんは)あまり家に居ないんですね。ですから、家の事をあまりしてくれなくて。で、専業主婦なんですよね。でも社会の為にやってるというんで、私の方で我慢し、納得しなければならないかなという事はありますね。

サカイ・アキコさん そうですね、家族が私のことを良く思ってないのは想像できますね。でも、なんとしても食の安全について、とにかく学びたいと思うんです。それが、家族に迷惑を掛けることになるとしても、そうなったら、しょうがないですね、ごめんなさいという事で。

アルテ サカイさんの様に活動してる母達は、日本では増え革命の象徴になっています。夫達は半分置き去りにされて、母親達が団結し、現状を分析しと一生懸命です。福島のトヤマさんの所では、この地区において、野菜の安全測定センターのようになりました。汚染地域から離れた場所、日本の南地方から出荷された野菜が棚に並んでいます。

アルテ 今日は京都の料理人たちと、福島郷土料理について話し合います。話し合いの主な課題は1つ。

女性5 福島産の野菜は他県のものに比べると安いんですね。人々は、これが安全だと思って買っているんです。どこから来てるものなのかも知らないで。で、結局汚染されたものを食べてるんですよ。

アルテ トヤマさんのところには、汚染された食材はありません。それを証明するために、トヤマさんは、全て自分のお店の食材を使って昼ごはんを作りました。

トヤマさん 玄米は、こちらの熊本のものを買って置いてるんですよ。0ベクレルで、科学製品も使われないで育てられたものなんです。平均に比べると値段は高いですが・・・。

アルテ 講義は終わったのですが、トヤマさんの1日はコレで終わりではありません。今度は、福島市内の母親達の会に野菜を届けなくてはなりません。コレも、こうして、未だ子どもに安全なものを食べさせてあげるという希望を見せるためです。

トヤマさん どうぞ、お持ちください。無料ですよ~。

アルテ 今日、ここにやって来た母親達の大半は、どうやって家族を食べさせたらいいのか分からなくなっている人たち。

アルテ 野菜スタンドのある隣の部屋では、福島の母親達が企画した面談が開催されています。日本各地から誘いの声に答えた団体が、どうしようもなくなっている人々の相談に乗る窓口を開いています。タムラさんは、子どもと一緒に、どんな支援活動が提示されているのか情報を得るために来ました。ここには、原発事故被災者達のために、低下家賃の住まい、学校転校の手続き方法などなどが紹介されています。

タムラさん 子どもには、せめても学校の休みの間に少しでも放射線被曝量を低く収めれるようにしたいと思っています。宝くじにでも当たっていれば、もう、とっくの昔に遠くに行ってますけどね。

アルテ 福島から去るのは大変辛い決断だが、時には我慢ならなくなった母親にとっては、それが最後の手段となる。この地では、6万人以上の人々が、この選択をしたのです。

アルテ 我々は東京に来ました。東京湾が広がり、コンクリートの多い場所に、建物が立ち並んでいます。ここに、マスヤマ・サチコさんは避難場所を見つけました。昨年5月に福島を離れた際、マスヤマさんは、調度3人目の子どもをお腹に抱えていました。そして、小さな女の子が昨年11月に生まれました。

マスヤマ・サチコさん 私の母親は看護士なのですが、今回、子どもを下す様に勧められました。でも、お医者さんには、安心して子どもが生めると言われました。でも、調度その頃、政府は真実を言ってなかったんです。数値も隠されていたし。私が生んでいいのかなと迷いました。

アルテ ここ数日、マスヤマさんは、家の掃除をしたり赤ちゃんの世話をしたりして時間を過ごしています。彼女は職を失ったのですが、夫は幸運にも直ぐに新しい職が見つかりました。住宅補助金を受けているとしても、ここ東京、世界でも物価の高い場所で2人のうち1人の稼ぎだけで遣り繰りしていくのは困難です。マスヤマさんは、徐々に孤独になっています。今日一番の出来事は、息子のサッカー練習に同行することです。マスヤマ・サチコさんは、福島から避難したことは子どもの健康を考えると間違ってはいなかったと思っています。ここでの健康というのは、特に身体的な健康という意味でです。

マスヤマ・サチコさん しばらくは、息子は毎朝起きた時に泣いていました。サラトは、まだ一体何が起きているのが理解できてはいません。本当に、ちょくちょく泣き出すんです。こうして私は東京にいて、私はここで一体何をしてるんだろうって真剣に思うことがあります。私に子どもがいなくて、妊娠もしていなければ、私は福島に残ったことは確実です。

アルテ マスヤマさんは決断をし、全てを忘れようとしています。しかし、他の母親達は、黙っていることを止めたのです。東京の原発を動かす経済産業省のふもとに、幾つかのテントが張られました。ここ、権力の首都のド真ん中の、きれいな界隈の風景に変化をもたらしています。そして、シナさんの家となっているのです。母であり、祖母でもある彼女は、とにかく政府に声を届けるために福島からやって来て6ヶ月になるシナさんは、もう耐えられない限界状態になっています。なにもかも、そして、何よりも彼女を屈託させるのは日本政府の態度そのものです。

シナさん 政府はズット国民を裏切り続けています。私達にデーターを出すにしても、遅れて出して。命が一番なのに、政府は何もしてないんです。人間って、どんだけ自分勝手なんでしょう。子どもの命を守らなければ、未来がないでしょ?とにかく子ども達を避難させなければ、それが第一番です。少しでも早く子ども達を離れさせなければなりません。なぜ、これが優先されないんでしょうか?

アルテ こんなに闘っているシナさんですが、この戦いの決着=負けは決まっていたようです。何故なら、28万人もの福島の子どもを避難させるのは現実的ではないからです。っという分けで、福島では、少しでも、出来る限り普通の生活を子ども達にと、こんな風です。

アルテ この遊び広場では、放射能汚染地域から遠い日本の南方から、葉っぱや、松ぼっくり、そして土が運び込まれています。子ども達が外で遊べなくなったため、こうして自然が室内に持ち込まれているのです。福島の子ども達は、不条理にも自然と戯れて遊ぶために、室内に閉じ込められているのです。母親達が、出来る限り少しでもっと、子ども達に遊び場を与える為には、このような代償を受けざるを得ない状況なのです。

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ARTE reportage – 10/03/2012

Les mères courage de Fukushima

«Il n’y a pas de danger, tout est sous contrôle». C’est à peu près le discours tenu depuis la catastrophe de Fukushima par les autorités nipponnes.
Pas de risques dans les zones situées dans la préfecture de Fukushima, aucun souci dans le reste de l’archipel : les retombées radioactives n’ont pas droit de cité au Japon. Tout juste reconnaît-on du bout des lèvres que les enfants, plus vulnérables, seraient peut-être susceptibles de rencontrer quelques désagréments liés aux radiations. Le gouvernement a d’ailleurs, pour rassurer la population, décidé de soumettre tous les enfants de Fukushima à un examen, à vie, de la thyroïde. Les mères de la région, elles, sont persuadées que leurs enfants sont en danger, et se retrouvent, de fait, face à un dilemme : fuir avec leurs enfants, ou rester, quitte à mettre leur santé en péril. Mais choisir la fuite, au Japon, c’est aussi prendre le risque de se retrouver au ban de la société …
Les mères de Fukushima, pour mieux gérer ces choix et ne pas se retrouver isolées, tentent tout de même de se rassembler dans des associations. Qualifiées immédiatement par les autorités de “dangereux mouvements gauchistes”… Mais pourtant, ce mouvement des “mères du Japon” commence à s’organiser, y compris au-delà de la préfecture de Fukushima. A Tokyo, les mères de famille, inquiètes de la sécurité des aliments, se retrouvent lors de réunions pour discuter de leurs dernières trouvailles : du riz de l’année dernière, acheté sur internet et garanti non radioactif, ou bien encore des méthodes pour s’assurer que leur eau n’est pas contaminée. Ces réunions font un tabac dans la capitale et prennent de plus en plus d’ampleur : elles traduisent ainsi la méfiance grandissante des Japonais à l’égard de leur gouvernement, de ses chiffres et de sa stratégie de communication trop rassurante pour être honnête.

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