今年の漢字=「怒」でも「脱」でも「危」でも「嘘」でもなく「絆」・・・。

2011年「今年の漢字」トップ20 (財団法人・日本漢字能力検定協会)

1位 「絆」

2位 「災」

3位 「震」

4位 「波」

5位 「助」

6位 「復」

7位 「協」

8位 「支」

9位 「命」

10位 「力」

11位 「水」

12位 「揺」

13位 「節」

14位 「希」

15位 「生」

16位 「心」

17位 「地」

18位 「原」

19位 「勝」

20位 「一」

http://www.kanken.or.jp/years_kanji/ranking.html

朝日新聞 2011年4月12日

世界の「絆」に感謝 首相、各国有力紙にメッセージ広告

英字新聞に掲載された菅直人首相の「絆」と題するメッセージ=遠藤真梨撮影

日本政府は11日、東日本大震災から1カ月に合わせ、海外からの支援に謝意を表明する菅直人首相のメッセージを各国の有力紙に広告の形で掲載した。「絆」という漢字1文字の下に、救援物資、捜索活動、医療活動などへの謝意を各国語で表明している。

メッセージは菅直人首相の署名で「絆に感謝します」とのタイトル。「海外の皆さんの助けが私たちに希望をもたらし、勇気づけてくれた」と記している。福島第一原発の事故については「総力をあげて安定化への努力を続けています」と説明し、日本は「必ず再生し、復活し、より強くなります」と強調。「世界の皆さまから頂いた温かいご支援に対し、恩返しをいたします」と誓った。

外務省によると、この日掲載したのは国際英字紙インターナショナル・ヘラルド・トリビューン、米紙ウォールストリート・ジャーナル、英紙フィナンシャル・タイムズ、中国の人民日報、韓国の朝鮮日報、ロシアのコメルサント、フランスのフィガロで、広告費は計約3500万円。シンガポール、ベトナム、ミャンマーの新聞社からも要請があり、無料で掲載したという。(鶴岡正寛)

http://www.asahi.com/politics/update/0411/TKY201104110475.html

BS11 Inside Out 2011年11月8日放送

岩井俊二監督が語る震災後の絆

映画「LoveLetter」などで知られる映画監督の岩井俊二さんをゲストに迎える。
仙台市出身の岩井さんは大震災を目の当たりにして一時、映画製作への意欲を失った。
だが、震災で失われた命や原発事故などについて語り合う友達が自然と増えたことで、そうした友達へのインタビューを綴るドキュメンタリー作品を撮り始めた。
震災後に生まれた絆、日本の今や未来について聞く。

friends after 3.11 → http://iwaiff.com/201112/jp/friends/index.html

辺見庸 「眼の海」 毎日新聞社出版 (2011/12/1)

しおれて冴えないヒトヨタケ。
恨まない、恨まれないヒトヨタケ。
次から次へとわいてくる、顔をかくしたヒトヨタケ。
  ・・・
生涯をつうじ個としてたたかうということのない、群れと絆、斉唱と涙、断念と裏切りを好み、それらを美とし、無常とうそぶく、まぎれもない腐生菌であるという事実である。

辺見庸 「ヒトヨタケ Coprinopsis artamentarius の歌」 より

毎日新聞 2011年12月11日 東京朝刊

時代の風:「絆」連呼に違和感=精神科医・斎藤環

=梅田麻衣子撮影

◇自由な個人の連帯こそ

3月の震災以降、しきりに連呼されるようになった言葉に「絆」がある。「3・11」「帰宅難民」「風評被害」「こだまでしょうか」といった震災関連の言葉とともに、今年の流行語大賞にも入賞を果たした。

確かに私たちは被災経験を通じて、絆の大切さを改めて思い知らされたはずだった。昨年は流行語大賞に「無縁社会」がノミネートされたことを考え合わせるなら、震災が人々のつながりを取り戻すきっかけになった、と希望的に考えてみたくもなる。

しかし、疑問もないわけではない。広辞苑によれば「絆」には「(1)馬・犬・鷹(たか)など、動物をつなぎとめる綱(2)断つにしのびない恩愛。離れがたい情実。ほだし。係累。繋縛(けいばく)」という二つの意味がある。

語源として(1)があり、そこから(2)の意味が派生したというのが通説のようだ。だから「絆」のもう一つの読みである「ほだし」になると、はっきり「人の身体の自由を束縛するもの」(基本古語辞典、大修館)という意味になる。

訓詁学(くんこがく)的な話がしたいわけではない。しかし被災後に流行する言葉として、「縁」や「連帯」ではなく「絆」が無意識に選ばれたことには、なにかしら象徴的な意味があるように思われるのだ。

おそらく「絆」には、二つのとらえ方がある。家族や友人を失い、家を失い、あるいはお墓や慣れ親しんだ風景を失って、それでもなお去りがたい思いによって人を故郷につなぎとめるもの。個人がそうした「いとおしい束縛」に対して抱く感情を「絆」と呼ぶのなら、これほど大切な言葉もない。

しかし「ピンチはチャンス」とばかりに大声で連呼される「絆を深めよう」については、少なからず違和感を覚えてしまう。絆はがんばって強めたり深めたりできるものではない。それは「気がついたら結ばれ深まっていた」という形で、常に後から気付かれるものではなかったか。

つながりとしての絆は優しく温かい。利害や対立を越えて、絆は人々をひとつに包み込むだろう。しかし、しがらみとしての絆はどうか。それはしばしばわずらわしく、うっとうしい「空気」のように個人を束縛し支配する。たとえばひきこもりや家庭内暴力は、そうした絆の副産物だ。

もちろん危機に際して第一に頼りになるものは絆である。その点に異論はない。しかし人々の気分が絆に向かいすぎることの問題もあるのではないか。

絆は基本的にプライベートな「人」や「場所」などとの関係性を意味しており、パブリックな関係をそう呼ぶことは少ない。つまり絆に注目しすぎると、「世間」は見えても「社会」は見えにくくなる、という認知バイアスが生じやすくなるのだ。これを仮に「絆バイアス」と名付けよう。

絆バイアスのもとで、人々はいっそう自助努力に励むだろう。たとえ社会やシステムに不満があっても、「社会とはそういうものだ」という諦観が、絆をいっそう深めてくれる。そう、私には絆という言葉が、どうしようもない社会を前提とした自衛ネットワークにしか思えないのだ。

それは現場で黙々と復興にいそしむ人々を強力に支えるだろう。しかし社会やシステムに対して異議申し立てをしようという声は、絆の中で抑え込まれてしまう。対抗運動のための連帯は、そこからは生まれようがない。

なかでも最大の問題は「弱者保護」である。絆という言葉にもっとも危惧を感じるとすれば、本来は政府の仕事である弱者救済までもが「家族の絆」にゆだねられてしまいかねない点だ。

かつて精神障害者は私宅監置にゆだねられ、高齢者の介護が全面的に家族に任された。いま高年齢化する「ひきこもり」もまた、高齢化した両親との絆に依存せざるを得ない状況がある。そして被災した人々もまた。

さらに問題の射程を広げてみよう。

カナダ人ジャーナリスト、ナオミ・クラインが提唱する「ショック・ドクトリン」という言葉がある。災害便乗資本主義、などと訳されるが、要するに大惨事につけ込んでなされる過激な市場原理主義改革のことだ。日本では阪神淡路大震災以降になされた橋本(龍太郎)構造改革がこれにあたるとされ、さきごろ大阪市長選で当選した橋下徹氏の政策も、そのように呼ばれることがある。

人々が絆によって結ばれる状況は、この種の改革とたいへん相性が良い。政府が公的サービスを民営化にゆだね、あらゆる領域で自由競争を強化し、弱者保護を顧みようとしない時、人々は絆によっておとなしく助け合い、絆バイアスのもとで問題は透明化され、対抗運動は吸収される。

もはやこれ以上の絆の連呼はいらない。批評家の東浩紀氏が言うように、本当は絆など、とうにばらばらになってしまっていたという現実を受け入れるべきなのだ。その上で私は、束縛としての絆から解放された、自由な個人の「連帯」のほうに、未来を賭けてみたいと考えている。=毎週日曜日に掲載

http://mainichi.jp/select/opinion/jidainokaze/

朝日新聞 2011年12月12日

今年の漢字は「絆」 2位「災」、3位「震」

今年の漢字「絆」を書く清水寺の森清範貫主=12日午後、京都市東山区、高橋一徳撮影

日本漢字能力検定協会(京都市下京区)は12日、2011年を表す漢字は「絆」と発表した。この日、世界遺産・清水寺(同市東山区)で、森清範(せいはん)貫主(かんす)が特大の和紙に墨で書き上げた。

全国から過去最多の49万6997通の応募があり、「絆」は最多の6万1453通(12.4%)だった。東日本大震災や台風被害で家族の大切さを感じ、支援の輪も広がったことに加え、女子サッカー・なでしこジャパンのチームワークも理由に挙がった。2位は「災」、3位は「震」と続いた。

森貫主は「みなが手をひとつに携えて復興を重ねていこう。そんな願いを込めて書きました」と語った。

「今年の漢字」は阪神大震災が起きた1995年の「震」に始まり、今年で17回目。(岡田匠)

http://www.asahi.com/national/update/1212/OSK201112120036.html

追記

東京新聞 2011年12月20日付

東京新聞 2011年12月21日付

東京新聞 1月15日

東京新聞 2012年1月23日

東京新聞 2012年1月26日

● kizuna311HP = http://kizuna311.com/

● 世界経済フォーラム年次総会「ダボス会議」、スイス現地時間、2012年1月25日午前(日本時間同日午後)、渡辺謙氏スピーチ全文。

初めまして、俳優をしております渡辺謙と申します。

まず、昨年の大震災の折に、多くのサポート、メッセージをいただいたこと、本当にありがとうございます。皆さんからの力を私たちの勇気に変えて前に進んで行こうと思っています。

私はさまざまな作品の「役」を通して、これまでいろんな時代を生きて来ました。日本の1000年前の貴族、500年前の武将、そして数々の侍たち。さらには近代の軍人や一般の町人たちも。その時代にはその時代の価値観があり、人々の生き方も変化してきました。役を作るために日本の歴史を学ぶことで、さまざまなことを知りました。ただ、時にはインカ帝国の最後の皇帝アタワルパと言う役もありましたが…。

その中で、私がもっとも好きな時代が明治です。19世紀末の日本。そう、映画「ラストサムライ」の時代です。260年という長きにわたって国を閉じ、外国との接触を避けて来た日本が、国を開いたころの話です。そのころの日本は貧しかった。封建主義が人々を支配し、民主主義などというものは皆目存在しませんでした。人々は圧政や貧困に苦しみ生きていた。私は教科書でそう教わりました。

しかし、当時日本を訪れた外国の宣教師たちが書いた文章にはこう書いてあります。人々はすべからく貧しく、汚れた着物を着、家もみすぼらしい。しかし皆笑顔が絶えず、子供は楽しく走り回り、老人は皆に見守られながら暮らしている。世界中でこんなに幸福に満ちあふれた国は見たことがないと。

それから日本にはさまざまなことが起こりました。長い戦争の果てに、荒れ果てた焦土から新しい日本を築く時代に移りました。

私は「戦後はもう終わった」と叫ばれていたころ、1959年に農村で、教師の次男坊として産まれました。まだ蒸気機関車が走り、学校の後は山や川で遊ぶ暮らしでした。冬は雪に閉じ込められ、決して豊かな暮らしではなかった気がします。しかし私が俳優と言う仕事を始めたころから、今までの三十年あまり、社会は激変しました。携帯電話、インターネット、本当に子供のころのSF小説のような暮らしが当たり前のようにできるようになりました。物質的な豊かさは飽和状態になって来ました。文明は僕たちの想像をも超えてしまったのです。そして映画は飛び出すようにもなってしまったのです。

そんな時代に、私たちは大地震を経験したのです。それまで美しく多くの幸を恵んでくれた海は、多くの命を飲み込み、生活のすべてを流し去ってしまいました。電気は途絶え、携帯電話やインターネットもつながらず、人は行き場を失いました。そこに何が残っていたか。何も持たない人間でした。しかし人が人を救い、支え、寄り添う行為がありました。それはどんな世代や職業や地位の違いも必要なかったのです。それは私たちが持っていた「絆」という文化だったのです。

「絆」、漢字では半分の糸と書きます。半分の糸がどこかの誰かとつながっているという意味です。困っている人がいれば助ける。おなかがすいている人がいれば分け合う。人として当たり前の行為です。そこにはそれまでの歴史や国境すら存在しませんでした。多くの外国から支援者がやって来てくれました。絆は世界ともつながっていたのです。人と人が運命的で強く、でもさりげなくつながって行く「絆」は、すべてが流されてしまった荒野に残された光だったのです。

いま日本は、少しずつ震災や津波の傷を癒やし、その「絆」を頼りに前進しようともがいています。

国は栄えて行くべきだ、経済や文明は発展していくべきだ、人は進化して行くべきだ。私たちはそうして前へ前へ進み、上を見上げて来ました。しかし度を超えた成長は無理を呼びます。日本には「足るを知る」という言葉があります。自分に必要な物を知っていると言う意味です。人間が一人生きて行く為の物質はそんなに多くないはずです。こんなに電気に頼らなくても人間は生きて行けるはずです。「原子力」という、人間が最後までコントロールできない物質に頼って生きて行く恐怖を味わった今、再生エネルギーに大きく舵を取らなければ、子供たちに未来を手渡すことはかなわないと感じています。

私たちはもっとシンプルでつつましい、新しい「幸福」というものを創造する力があると信じています。がれきの荒野を見た私たちだからこそ、今までと違う「新しい日本」を作りたいと切に願っているのです。今あるものを捨て、今までやって来たことを変えるのは大きな痛みと勇気が必要です。しかし、今やらなければ未来は見えて来ません。心から笑いながら、支え合いながら生きて行く日本を、皆さまにお見せできるよう努力しようと思っています。そしてこの「絆」を世界の皆さまともつないで行きたいと思っています。

http://www.tokyo-np.co.jp/feature/news/davos.html

クーリエ・インターナショナル 2012年1月26日

“KIZUNA” : LE LIEN  26.01.2012 | Kazuhiko Yatabe

“KIZUNA” LE LIEN

Calligraphie de Kyoko Rufin-Mori

Qui dit Japon dit crise : cela fait des années que le pays traîne une image désespérément négative. Nous n’allons donc pas faire la moue quand se présente, cette semaine, l’occasion de mettre en exergue le signe kizuna, déclaré “idéogramme de l’année 2011”. En optant pour un caractère désignant le lien, l’archipel a voulu en effet retenir du double choc du séisme et de la catastrophe nucléaire non pas tant les dimensions tragiques que les aspects lumineux, quasi insoupçonnés, qui ont été donnés à voir et, surtout, à vivre. La solidarité qui s’est instaurée a été admirable. Loin de s’abandonner à la douleur, les Japonais se sont rapidement pris en main ; des initiatives surgissent désormais de partout, porteuses de perspectives nouvelles. Cela dit, une sensation de malaise persiste. Je veux parler de cette avalanche de bons sentiments qui recouvrent l’archipel, emplissent l’espace des médias, s’incrustent dans la publicité, phagocytent les manifestations de soutien aux sinistrés. “Courage, Fukushima”, “Japon, tiens bon”, “Merci de nous avoir réconfortés” (en hommage à l’équipe de football féminin, championne du monde) : vecteurs au départ de sentiments vrais, les mots, transformés en slogans passe-partout et manipulés par le “business du lien” (voir l’article de l’Asahi Shimbun ci-contre), montrent une tendance à s’agréger en un vaste dispositif moral qui contraint les individus à coller au plus près à quelque chose qui ressemble au culte du collectif, tout en les déconnectant du ressenti, éprouvé au plus profond de soi, des ondes de choc du séisme. C’est à se demander si l’étalage quasi obligé de pensées positives n’aurait pas aussi pour effet de court-circuiter d’autres sentiments tout aussi légitimes – à commencer, bien sûr, par la colère et l’indignation.

http://www.courrierinternational.com/article/2012/01/26/kizuna-le-lien

たかじんNOマネー 2012年2月11日放送     

外国人から見た日本の魅力とは? 今回のテーマは「和マネー」

NHKニュース 2012年2月16日

サラリーマン川柳も「絆」詠む

全国の会社員や主婦などが世相や流行を巧みに織り交ぜて詠んだ、恒例の「サラリーマン川柳」の入選作が発表され、今回は、東日本大震災を受けて「絆」や「節電」をテーマにした句などが寄せられました。

サラリーマン川柳は、大手保険会社の第一生命が毎年行っているもので、25回目の今回は全国から2万7000句余りが寄せられ、このうち入選した100句が16日に発表されました。

今回は、東日本大震災を受けて、「被災地にあきらめないを教えられ」や、「震災で絆と優しさ思い出す」など、
震災や絆を題材にした句が多かったほか、「節電で早く帰るとなげく妻」 「電光板流れる文字は節電中」など、原発事故後に呼びかけられた「節電」を一ひねりした句もありました。

「サラリーマン川柳」には毎回、流行の情報機器やサービスに戸惑う心情を詠んだ句が多く寄せられますが、今回も、「スマートフォン」や「ツイッター」などを題材に、「スマートフォン妻と同じで操れず」 「俺知らぬ妻のつぶやき世界知る」 「仮病部下ツイートするな!旅行なう」などの句が入選しました。

このほか、「我が家にもなでしこ四人俺アウェイ」や、「俺子守り子供マルモリ妻大盛り」 「KARAブームおれの財布もからブーム」など、サッカーの女子ワールドカップで優勝した日本代表チームや人気アイドルの名前にちなんだ句も入選しました。

16日に発表された入選作を対象に一般の投票が行われ、ことし4月に上位10位の作品が発表されます。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120216/t10013065421000.html

朝日新聞 2012年2月22日

「絆」守る女性ら交流

福島第一原発事故で全村避難を強いられた福島県飯舘村の佐野ハツノさん(63)が21日、鳥羽市などを訪れた。福島市内の仮設住宅で住民たちの世話役を引き受け、村の「絆」を守ろうとしている佐野さんの生き様を学び、三重で活躍する女性と交流してもらおうと、県などが招いた。

飯舘村でタバコ栽培や黒毛和牛の飼育などのかたわら、民宿を経営していた佐野さんは、女性として全国初の農業委員会長を務めたことでも知られる。

村の一部は原発から半径30キロ圏内で、原発事故後の昨年4月、村全域が「計画的避難区域」に指定された。約6200人の村民の大半が避難生活を余儀なくされている。

佐野さんはこの日、訪問先の鳥羽市相差町の海女小屋で「原発事故で我が家は家族バラバラになった」などと避難生活を説明。息子一家と別れ、夫と義母と暮らす福島市内の仮設住宅は「狭くて荷物も置けない。避難しているのだから質素な生活を心がけている」。

避難先では、平均年齢70歳を超え、独り暮らしも多い約110世帯の管理人を引き受けた。集会所ではお年寄りたちを集め、戦中・戦後の物不足の時代に村の女性の習慣だった古着の再生に取り組んでいる。

佐野さんは、海女小屋の22人を束ねる海女頭で80歳の現役、野村禮子さんらとも会話を交わした。

野村さんが「私たちも地震と津波を心配しながら、海に潜っている。福島が元気になるよう祈っています」と激励すると、佐野さんは「こんなに高齢の海女さんががんばっている姿を見て、頭が下がります。私たちの生き方の礎として見習いたいので、仮設住宅に戻って伝えます」と応えた。

この後、佐野さんは津市の旧美里村地区などを訪問。22日午前10時45分からは、同市の県総合文化センターで「私のムラづくり実践~飯舘村からの報告~」と題して講演する。(中村尚徳)

http://mytown.asahi.com/mie/news.php?k_id=25000001202220001

産経ニュース 2012年3月18日

絆は色あせたか 「苦しみ分かち合うべきだ」鎌倉在住の元米紙特派員語る

元米紙ワシントン・ポスト特派員、ポール・ブルースティン氏=神奈川県鎌倉市

「日本の絆の精神は色あせた」と10日付の米紙ワシントン・ポストに寄稿した元同紙東京特派員でブルッキングス研究所フェロー、ポール・ブルースティン氏(60)=神奈川県鎌倉市在住=が産経新聞のインタビューに応じ、「私たちは被災地の苦しみをともに分かち合わなければならない」と“絆の復旧”を願っていることを語った。

ブルースティン氏は東日本大震災から1年の節目に「昨年の悲劇は日本を停滞から目覚めさせるのに失敗した」と題する記事を寄稿。自治体のがれき受け入れ拒否問題に触れ、日本国民の連帯意識が失われかけていると警鐘を鳴らした。

インタビューでは、寄稿したきっかけとして、「震災直後、国全体が団結するはずだと楽観的だったが、震災前と同じく政治は争いを続け、人々が放射能問題に過度に反応していることに気がめいった」と強調した。

同氏は震災後、多くの外国人が離日し、友人からも「脱出した方がいい」と助言されたにもかかわらず、放射能問題を徹底的に勉強し、「放射性物質はごくごく微量なもので問題ない」と理解。家族とともに日本にとどまった。今も福島県産の野菜や米を買い続けており、「自分ができることで被災地をサポートしている」という。

自身が読んだ新聞記事の中で、被災した高齢者が「ボランティアの人からおにぎりなどをもらって感謝しているが、私は与えられるよりも社会に貢献したい」と話したことに感動、「これが日本精神だ」と思ったという。

一方で、「被災地に協力したいと言いながら自分たちに直接影響があると拒否した。それががれきの広域処理に表れた」と残念がった。さらに「被災地の苦しみを分かち合わなければならない。もし自分たちの地域の首長や議員ががれき処理の協力を断るなら、次の選挙で落とせばいい」と断じた。

その上で、「日本は必ず困難を乗り越えると確信している。多くの日本人は、東北の人たちが家族を亡くした痛みや家を流された苦しみを理解している。絆はそのうち戻ってくる」と期待を込めた。

ブルースティン氏は世界経済が専門で、1987年からワシントン・ポスト紙に勤務。90年から5年間特派員として東京で暮らし、その後退職。2年前に鎌倉市に移り住んだ。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120318/dst12031821180017-n1.htm

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120318/dst12031821180017-n2.htm

産経ニュース 2012年3月18日

「『絆』はどこに?」 シャネル日本法人社長が小説で警鐘

シャネル日本法人社長のリシャール・コラス氏(58)が今月、東日本大震災を題材にした小説「田んぼの中の海」を母国フランスで出版した。

欧州の人々に津波被害の実態を伝えるとともに、日本社会が抱える問題を描きたいと筆を執った。同氏は、多くの自治体が、がれきの受け入れを拒否していることについて「どこに『絆』があるのか」と述べ、震災から1年を経て連帯意識が失われた日本に警鐘を鳴らしている。

コラス氏は震災後、避難所や仮設住宅にメークアップアーティストを派遣して被災者にメークをするなどのボランティア活動に取り組んできた。その中で、震災を忘れたかのような東京の「日常」と、困難な生活を強いられている被災地との差に「日本が2つの世界に分かれてしまった」と感じた。欧米で東京電力福島第1原発事故ばかりが注目されることも執筆の動機になった。

小説は、津波で家族全員を失った漁村の少年と、東京で無目的な人生を送ってきた若者が主人公。2人の対比を通じ、失われつつある「伝統的な日本の価値観」への思いも込めたという。

コラス氏は日本在住歴35年以上の知日家。震災直後の日本社会の連帯を評価する一方、がれきの受け入れ拒否や福島県から避難した児童へのいじめには憤りを隠さない。「日本人に助け合いの気持ちがなくなっている。それを外国人(の自分)から指摘されるのは、さみしいことです」

小説の印税は、被災地の育英基金に全額寄付するという。

http://sankei.jp.msn.com/life/news/120318/art12031821210009-n1.htm

http://sankei.jp.msn.com/life/news/120318/art12031821210009-n2.htm

以下、はい、アマゾン・フランスで検索したら有りました。

リシャール・コラス氏著 「田んぼの中の海」 

出版 = ソイユ(Seuil)出版 (2012年3月1日)

原題 = L’Océan dans la rizière

東京新聞 2012年3月24日

婦人公論 2012年8月7日号 (7月22日発売)

Advertisements

2 responses to “今年の漢字=「怒」でも「脱」でも「危」でも「嘘」でもなく「絆」・・・。

  • kana

    「絆」を「きついな」と読んでいる人がいましたよ。。

  • onaironaironair

    kanaさん

    コメント有難うございます。
    「絆」=「きついな」か・・・うん、正解やなソレやったら!!
    2011年からは漢字の読み直しも必要なのか?
    あたしは、どうも、この「絆」ってのは歯軋りしたくなる感じ(漢字)で、しばらく、この漢字(感じ)を見てて、ハっと思ったんだけど、これ、自分の気持ち的には「鎖」(くさり)って読めてくるわって思いました。
    「絆」と書いて、「くさり」(鎖)と読む・・・うん、財団法人・日本漢字能力検定協会からは、こらああああああっつって吠えられるのかもしれんけど、良く見ると、この2つの漢字、構成的に似てる所もあるしなって思うしィ、ま、漢字検定には落ちるんやと思うけど、ま、ええわっ書いたろ書いたろ===くさり、く・さ・りィィイイイっつって!! (^^
    今日から音読み、訓読みのセットで 「絆」=きついな・くさり って事で☆

Leave a Reply

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out / Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out / Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out / Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out / Change )

Connecting to %s

%d bloggers like this: