飯舘村 : 振り袖、紋付き袴が若者を被曝から守れるのか?

飯舘村、菅野典雄村長は、「除染で発生した放射性物質に汚染された表土などの仮置き場を村内の国有林内に設置する」っと発表し、除染にやる気満々で、「村に戻るためには除染が必要だ。(議会や住民の)理解を得られるように努力したい」っと言っている。

もう既に、来年の成人式の話が出ていて、飯舘村の今年度の新成人は約80人の式は、役場機能が移転している福島市飯野町で来年1月8日に開催されるらしく、振り袖や帯などの一式と紋付き袴一式の募集をかけて、「振り袖や紋付き袴を着て大人の仲間入りした若者たちが、『もう一度村を立て直すんだ』という気になれば、復興につながるのでは」っと言っている大人がいる。

さて、振り袖や帯などの一式と紋付き袴一式は、飯舘村の若者を被曝から守ることが出来るのだろうか?

『もう一度村を立て直すんだ』っと言って、新しく成人になったばかりの飯舘村の若者達は、振り袖や帯などの一式と紋付き袴一式をプレゼントされて、「安心・安全」を肌身で感じて、「さぁ、僕たちが、もう一度村を立て直すんだぁ!!!」っと盛り上がれるのか?

ちなみに、成人式が行われるという福島市飯野町は、福島第一原発から約66、67キロの場所に位置する。

9月11日にNHKで放映されたドキュメンタリー、「全村避難~飯舘村 ある家族の150日~」に見られる飯舘村の細川さん一家の記録。(子ども5人=中学生の長男、小学生の次男、娘が3人、下の子は7歳)

NHK取材班が飯舘村に入った3月22日、NHK取材によると、「最大毎時95マイクロシーベルト、半日屋外にいると1年の許容限度を超えてしまう値だった。」そうだ。

そして、日本政府の発表、「直ちに健康に影響はない」を信じ、飯舘村に残り家族全員で生活を共にする家族の姿が見られる。

祖父の菊太郎さん(75歳)は、放射能汚染が、家業の農業にどんな影響を与えるのか心配していたという事で、農業に与えるかもしれないということが、「一番ショックだった。」そうで、「飯舘村の牛乳ダメ、野菜ダメ、米ダメとなったら、コレ本当にひどいもんだな。」っと言ってらっしゃる。

祖母のヨシ子さん(72歳)は、孫の面倒と、菊太郎さんの98歳の足腰が弱く、殆ど寝たきりのマツさんの面倒を見ていて、孫達はちっちゃいからと、子供たちのことを心配し、息子夫婦に「安全なところへ子どもちっちゃいから行ってもいいよ」っと言ったけど、「みんなで一緒にいるからって、うちの嫁さんが言ってくれて・・・」っと・・・こういう分け。

ヨシ子さんがカレンダーにテレビ発表の、飯舘村放射線線量を記録していて、3月19日=毎時20.1マイクロシーベルト、20日=毎時18.9マイクロシーベルト、21日=毎時10.7マイクロシーベルトから12.1マイクロシーベルト、29日=毎時8.28マイクロシーベルトから8.58マイクロシーベルト、30日=毎時7.8マイクロシーベルトから7.96マイクロシーベルトっと、画面に映り、その後、「(線量)が下がってくると気持ちがね、よくなるのかなと思って」っとおっしゃっているのが、3月31日の時点。

そこで、3月31日のNHKニュースが流れる場面で、飯舘村の放射線線量がIAEA発表による、飯舘村の土壌から避難基準値の2倍以上の放射性物質が検出されたと耳にする家族。

子供達の父親、裕二さん(51歳)は、避難は辛いけど、子供たちの将来のことを考え不安に思い、「何十年と不安が付きまとう」、だから「避難」が必要なのかも・・・と話す最中に、「そんなことあっか」っと遮って言ってくる祖父の菊太郎さんに、驚きを隠せずに「あるよっ!」っという裕二さん。

そして、菊次郎さんは「俺は飯舘村を投げてはいかねえ、ここから離れねぇよ俺は。」っと、少々引きつった顔で笑いながら言う。

嗚呼、やっぱり、このジイちゃん、孫達の健康のこと考えてなかったわ・・・そうね、一番ショックだったのが「飯舘村の牛乳ダメ、野菜ダメ、米ダメとなったら、コレ本当にひどいもんだな」って言ってるんだもんね・・・。

そして、「孫とは離れたくないし・・・」っとショックで半べそかいてる祖母のヨシ子さん。

釘をさすように、菊太郎さんが、「飯舘村は、このぐらいでは大丈夫だって言ってんだ、テレビで、『健康に影響しないレベルとしています』とこうなってんだ・・・だから大丈夫なんだ(笑)」っとおっしゃる。

そして、いよいよ顔が白くなり(あたしには白くなってるように見えた)、「たぶん避難した方がいい・・・そういう話なんでないかね。」っと、裕二さん。

裕二さんの奥さんで5人の子どもの母親栄美子さんは、「牛とか土地とかは買うことが出来ても、家族は買うことが出来ないから、やはり、一緒に居て生きていれば又一からでもやり直せるから、何処に居ても一緒に居たいです。」と言う。

そして、裕二さんは、栄美子さんの言葉に、こう続ける。「なるべくな、家族全員で避難できるように・・・」

栄美子さん、裕二さん、菊太郎さんもヨシ子さんも、ハッキリと、飯舘村を離れないと言っているんですよ!!!

気持ちは分からなくはないけど、こういう年寄りが、結局のところ、これから人生を生きていく時間が長いはずの子供たちのことを守っていなく、子どもの親をも、半分「人質」にして引き止めているのではないの?

そして、未だ薄っすらと雪が積もり、雪もちらつく4月20日飯舘村、新学期が始まり、子供達は隣町の間借りされた校舎の学校へ。

「雪いじるなよ。」っと言って、孫たちを見送る祖父と祖母。

この時点で、飯舘村には幼稚園児も含む児童が未だ400人以上が残っていた。

避難区域に指定された飯舘村、日本政府が測定を行っているこの時点で、毎時4.5マイクロシーベルトで、測定者はヨシ子さんに、「8とか10の所もある」っと伝える。

裕二さんは、迷いながらも悩みながらも、「よそではなかなかね、5人も教育して食わせていくのは難しいもんね。」っとおっしゃる。

で、「神様に祈るしかねぇもんね、病気にならないように。」っとおっしゃる裕二さん。

裕二さん、残念ながら、あたしは、神様に祈っても、放射能から逃げれるとは思いません。

具体的な日付は言われてないものの、菊太郎さんのお母さんは、福島市の施設へ行く事になり、子供達も避難し、菊太郎さんとヨシ子さんが飯舘村に残る。

6月末、菊太郎さんは全ての牛を手放し、トラックに乗せられた愛する牛たちを見送る菊太郎さんとヨシ子さん夫妻。

あたしの疑問 = 「その牛はどこへ?」、「出荷されたという事ですか?」。

その後、菊太郎さんは病に倒れ、ヨシ子さんと村を離れたそうだ。

8月、福島市内の仮設住宅で生活をする細川さん家族、菊太郎さんは1ヶ月の入院生活後仮設住宅で静養中、そして、今になって細川家に、子供たちの内部被曝検査の通知が村から届く。

ドキュメンタリーは、この言葉で締めくくられる。

原発事故から150日経った飯舘村。わたしはココで様々な不条理を眼にしてきた。深刻な汚染を知りながら、住民を置き去りにした国、必要な情報を届けられなかった私達メディア、そして、原発の恩恵を享受してきた私達の社会。無人となった小さな村は、その有り方を問うている。

っと、一見、めずらしく?メディアが自己批判をしているかのようにも聞こえる、この纏めの言葉・・・でも、あたしは、え?っと思って聞いた。

特に、「必要な情報を届けられなかった私達メディア」っという部分。

「必要な情報を届けられなかった」・・・?そうかな?知ってた情報、一杯あったでしょ?

だってさ、事故後、ワンサカと外国人が日本から脱出している状況だってあったし、海外からも色んな情報が流れていて、いろんな外国の在日大使館が西日本に避難していたりしていたの、NHKの人は知ってるでしょ?ソレを知らなかった・・・では済まされない話だよ。

チェルノブイリ事故後に、世界から色んな学者や研究者、医師がアソコに様々な理由で行ってるんだけど、日本からは子供たちを救う支援がされたことも有名で、日本の報道班が現地取材やドキュメンタリーを沢山製作している・・・この状況で、「必要な情報を届けられなかった」って有り得ないから。

「届けられなかった」のではなく、「必要な情報を届けなかった」でしょ?しかも、情報を知っていたにもかかわらず。

こういう言葉の表現で、いかにもメディアが冷静に、「メディア=自己を批判をしてみましたぁ。」的に持っていって、ごまかそう、とりあえず言っておきました・・・としても無理だよ、あきらかに、怪しいだけだから。

こんなの、いつ字幕付けられて海外で放送されるかも分からないしね、知ってる人は、みんな引くだけだと思うよ。

だって、あの時、すごい勢いで「安心・安全」、「直ちに影響なし」って、日本政府と一緒になって、っていうか、国の言うままにNHKだって報道してたじゃないっ!!!

それをさ、また素直に、「必要な情報を届けられなかった私達メディア」って言ってるのを耳にして、国民は「あら、メディアも反省してるのねぇ。」なんて鵜呑みにするとでも思ってるのか?

わたしはココで様々な不条理を眼にしてきた。深刻な汚染を知りながら、住民を置き去りにした国」っという、「わたし」=このドキュメンタリー製作のディレクターなんだと察するけどさ、「不条理」な行為、あなたには無かったと言いたいのか?

そして、「深刻な汚染を知りながら、住民を置き去りにした」=日本政府なの?

あなたは?そして、あなたの取材班は、も、「深刻な汚染」を知らなかった、とでも言いたいのか?

振り袖や帯などの一式と紋付き袴一式が、子どもや若者の健康を守ってくれるのか?

心がこもっている着物は、放射線被曝から守ってくれるのか?

着物で放射線、外部・内部被曝から防護できるのか?

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読売新聞 2011年9月23日

放射性物質の表土など

飯舘村は、除染で発生した放射性物質に汚染された表土などの仮置き場を村内の国有林内に設置する方針を決めた。菅野典雄村長が22日、記者団に明らかにした。具体的な場所や規模は決まっていない。

菅野村長によると、国有林の使用について林野庁から21日に内諾を得た。村は仮置き場の設置や除染の費用に約3000億円を見込んだ除染計画をまとめ、来週中にも国と県に提出する。

菅野村長は、村内に仮置き場を設置することについて「村に戻るためには除染が必要だ。(議会や住民の)理解を得られるように努力したい」と話した。

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/fukushima/news/20110922-OYT8T01348.htm

毎日新聞 2011年9月25日

東日本大震災:新成人を着物で支援 振り袖、紋付き袴提供を 福島・飯舘村へ /島根

◇出雲の和装学院など

福島第1原発事故により計画的避難区域となった福島県飯舘村で、来年1月の成人式に着る衣装のない若者を着物で支援しようと、和装に関わる全国の6企業・団体が振り袖、紋付き袴の提供を呼びかけている。

出雲市の和装学院長で和装文化研究家の園山明生子(あきこ)さん(60)が発案。知人を通じて村に打診し、東京、京都、長野の呉服屋などと実行委員会をつくって活動を進めている。

飯舘村の今年度の新成人は約80人。式は、役場機能が移転している福島市飯野町で来年1月8日に開く。実行委が募集するのは、振り袖や帯などの一式と紋付き袴一式。新旧は問わない。提供された衣装は実行委が保管し、新成人の希望に応じて貸し出す。式後は実行委が保管し、来年度以降も支援を続ける。

園山さんは「振り袖や紋付き袴を着て大人の仲間入りした若者たちが、『もう一度村を立て直すんだ』という気になれば、復興につながるのでは」と話している。問い合わせは園山明生子和装学院(0853・28・0188)。【細谷拓海】

http://mainichi.jp/area/shimane/news/20110925ddlk32040314000c.html

NHK総合 2011年9月11日放送

「全村避難~飯舘村 ある家族の150日~」 

番組内容=原発事故によって高濃度の放射能に汚染された飯舘村。突然降り注いだ放射能は平和な村に何をもたらしたのか。事故から、半年。ある家族の150日間を通じて問いかける。

詳細=NHKは原発事故直後から、高濃度の放射性物質に汚染された福島県飯舘村に入り、村の人々を記録し続けてきた。突然降り注いできた放射能。それによって強固な絆で結ばれていた村、コミュニティー、そして家族が壊され全村避難に至っていく悲劇。先行きが全く見えないなか、今も続く全村避難後の生活。私たちの「豊かな暮らし」を支えてきた原子力は、人間に何をもたらしたのか。飯舘村のある家族の150日間を通じて問いかける。

福島の子どもや妊婦・内部被ばく「健康に影響なし」

日本テレビ NEWS ZERO 2012年1月4日放送

「ひとりぼっちの年越し 飯舘村 」

FNNニュース 2012年1月8日

避難生活が続く福島・飯舘村、福島市で成人式 全国から振り袖の支援も

避難生活が続く福島・飯舘村で8日、成人式が行われた。
新しい年を迎えた今も、全村避難が続く飯館村。
その飯舘村で生まれ育ち、2012年に成人を迎えた佐々木 麻美さん。
現在は、福島市で避難生活を送る家族と離れ、茨城県内で働いている。
東日本大震災で、成人式は行われないだろうと思っていた佐々木さんは、被災地支援として全国から寄せられた、振り袖の存在を知った。
提供された振り袖には、それぞれ、贈った人たちからの手紙も添えられていた。
手紙には、「この着物を着ていただくあなたへ。あなたの夢が、いつか必ずかないますように」と書かれていた。
佐々木さんは「白とピンクがかわいかったんで、これにしました」と話した。
そんな佐々木さんをはじめ、成人を迎える若者たちに、子どものころからお世話になった飯舘村の美容室も、8日だけ特別に店を開け、ヘアメークをしていた。
母親の八千代さんは、全国からの支援によって晴れの舞台を迎えられる娘の着物姿を見つめていた。
佐々木さんは「きれいになれて、うれしいです」と話した。
飯舘村の成人式は、避難先の福島市内で行われ、佐々木さんを含め9人が、全国からの着物の支援を受けて、成人式に臨んだ。
佐々木さんは「本当に、こんな離れた飯舘のことを思って、貸してくれて、すごくありがたいです。ありがとうございます」と話した。

(01/08 17:55 福島テレビ)

http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00214861.html

以下、飯舘村のHPからなんだけど、「飯舘村成人式が1月10日(日)に村公民館にて行われ」って、1月10日?? 1月8日でしょっ!!

飯舘村 成人式 (飯舘村HPより)

飯舘村成人式が1月10日(日)に村公民館にて行われ、新成人者95名のうち75名が出席しました。
会場は、新成人らによる成人式実行委員の力作のメッセージボードや、幼少時代の思い出が詰まった
写真やアルバムが飾られ、懐かしい写真を前に新成人者や保護者が立ち止まる姿が見られました。
式典では、中学校時代の恩師や保護者、来賓者が見守る中厳粛に行われ、菅野村長から式辞が
述べられた後、新成人一人ひとりに成人証書を手渡されました。また、新成人代表の佐藤義幸さんが
「自分の道を歩んでいきます」と力強く誓いの言葉を述べられました。
その後、成人式実行員会(草野隆洸実行委員長)主催の記念パーティが行われ、新成人らは同級生
たちと互いの成人を祝っていました。

<<お知らせ>>
平成23年飯舘村成人式は、平成23年1月9日(日)の午後に開催する予定です。
11月に対象者に案内状を発送する予定ですが。住所変更等により村に住所が無い場合は、お早めに
ご連絡下さい。

◆問い合わせ先/生涯学習課 電話:0244-42-0072

http://www.vill.iitate.fukushima.jp/groups/kouminkan/jousetsu/seijin.html

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2 responses to “飯舘村 : 振り袖、紋付き袴が若者を被曝から守れるのか?

  • 金吾

    「必要な情報を届けられなかった私達メディア」は、知っていたが圧力がかかり、放送できなかった、という意味に思えました。

  • onaironaironair

    金吾さん、こんにちわぁ。

    > 知っていたが圧力がかかり、放送できなかった

    という「言い訳」にしか聞こえませんが・・・あ・た・し・には!!

    で、「わたしたちNHK」ではなく、「私達メディア」なんですよねぇ。

    あの状況で「圧力」破りが出来なかった・・・はたして、しようとしたのか?

    ま、NHKの水野解説員は「普通に仕事」をしようとして、移動?番組降ろさせられたようだけどぉ。

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