ヒマの過ごし方 ☆ 病気の過ごし方

まっつもっさんの下さったコメントのおかげで、あたしは今日この超素敵な音楽をひっさしぶりィィィイイイイイに聴いたぁぁぁあああ。

なぜ、この曲にいたったのか、それは、この記事がキッカケなんだけど。→「原発とエロス2

その記事のコメントコーナーで、あたしは

「あたしが怖いなって思うのは、これらの「最高値」が「通常値」として、平気で書かれていることであり、そして、その「最高値」が何時、どの時期に、どの位続いたのか・・・これが非常に問題だと思うんです。で、もう一つ、こういう資料を出すのだったら、一緒に各都道府県の「蓄積線量」というのも、年間でも、月間でも出していくべきじゃね?って思う。で、こういう資料の出し方一つ見ても、これが文部科学省のヤル仕事なんだと・・・そうなんだ・・・と思うと、「子どもに年間20ミリシーベルト」問題の件も、あたしの大っ嫌いタイプで「分かりやすい」という事になってしまう。こういうこと思うあたしは病気ですか?!!!!」

っと、書いたのに対して、返事を下さった、まっつもっさんは、あたしに

「問題は病気かどうかってことじゃなく、「病気で問題あんのかよ」ってことだと思います。病気だ、異常だ、ヘンタイだって言われるのを防ぐことはできないけれど、「それっていけないんですか?」と問い返すことはできる。」

っと、書いてくれた。

この、まっつもっさんのコメント読んでパパ————————っとコレまた☆素っ敵☆にさ、あたしの脳みそDJによって流れてきた曲が、スチャダラパーの「ヒマの過ごし方」なんだよね。

あたしの脳みそDJ、超最高なんだけど、電源いらずでさ、超いい感じなんだけどぉぉぉおおお。

そんなこんなでさ、みんなも一緒にさ、聴いてみようぜいぜいっ☆

で、あたしからお願いがあるよ、歌詞の「ヒマ」を「病気」、時には歌詞の流れに沿って「病人」って当てはめて聴いてみてよねぇぇぇえええええ☆

スチャダラパー 「ヒマの過ごし方」 (1993年)

Scha Dara Parr ” La méthode pour passer le temps libre ” (1993)

あっ、そうそう、あたしはね、時には「ヘンタイだっ」ってのは、褒め言葉だと思ってる人間だよぉぉぉおおお☆

じゃぁぁぁああああああねっ、そ・こ・の、超どヘンタイで素敵なヒマ人さんっ☆☆☆

スチャダラパー 「ヒマの過ごし方」 (1993年) 

☆ 超どヘンタイで素敵な病編 ☆ 「病気の過ごし方」

「病気だねー」ってよく 言われるぼく
言われると確かにそう思う
気がつくと何だか罪悪感
感じてる自分こそなんだ
そもそも「病気」って言葉自体
まずいい意味では使われない
辞書で病気ってひいてみた
これもまあ 病気のなせる業
病気=自由な時間 仕事や
義務に拘束されない時間
確かに その人にしてみれば
ぼくは病人に違いなかったが
その間ぼくはテレビを見たり
ファミコンしたり本を読んだり
時間について考えたりしながら
ぼくはぼくの病気を過ごしていた
そんな病気あったらって言うが
みんな病人は嫌いなのか
病気はダメか?悪いのか?
そんなに嫌か?病人が

超忙しくて もー病気がなくて
とか言ってる人にかぎって
さらに忙しい休日を
過ごしていたりするだろう
なぜいそがしくするのだろう
何もしないでいられないのだろう
何もしない不安それは何だ
恐いのはただただある時間
縮める事も のばす事も
ましてや 消すことも不可能
すべてのものに同じだけの
時間が与えられてるとしよう
そうなってくると 恋愛 ファミコン
仕事 その他諸々
かなり思いがけない事だが 人は
必死で 病気をつぶしてるだけだ
んーっじゃあ ぼくらみたいな
病気に見られがちな人達が
見下されてる気がするのは
どういう事だ?
パッと見 生産的なもの以外は
無用だとでも言うのか
あんまりだ そりゃちと強引だ
いそがしposseはいつもこうだ

本来 ヒトは病人だった
そして それを受け入れる事が出来た
世界中のいたるところ その足あとを
見つける事が出来るだろう
大仏 ピラミッド
巨乳 万里の長城
この世の多くデカいものの
発想自体 病気のたまもの
地図を作ったやつのゆとり
なみたいていのものではあるまい
うるう年に気づいたやつの病気さ
かげんを想像してみろ
また かつて海の塩分を
1パーセント上げようと
何千トンもの塩をあつめた
男がいたとかいないとか
ほかにも奇行愚行の結果
最終的には何も残さなかった
多くの愛すべき病人たちが
いた だろう たぶん な!!

これらの事からもハッキリ言える
今の人が病気を受け入れる
事が出来なくなりつつあるなら
それは能力の減退だ
減退はいかん くいとめるのだ
病人どもよ立ちあがる時だ
病気を見つけて 病気を知れ
病気を生きぬく強さを持て
一生 棒にふるぐらいの
病気と ゆとりを持って進もう
人の数だけ病気はあるのだ
それこそあたりまえの事なのだ

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